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ダッカでの休日の過ごし方 その1

アッサラーム・アライクム!
突然ですが、バングラデシュは娯楽が少ないと言われています。今回のバングラデシュ日記では、そんなバングラデシュの首都ダッカで、私が週末(イスラム教の安息日である金曜日と土曜日)に、自宅以外のどんなところでリラックス&リフレッシュしているのかをちらっとご紹介します。

まずは!(無駄な勢い)

バングラデシュのスポーツクラブ

スポーツジーム!!(床に並べられたペットボトルはトレーニング用)

私がお世話になっているジムは、グルシャン1という地区の十字路交差点(通称グルシャンワンサークル)にあるビルの4階にあるFITNESS PLUS。このジムは、ボナニというバングラデシュの表参道や原宿と呼ばれる地区にも支店があります。料金プランは、登録料や新規会員証発行料などは必要なく、大別してANY TIME MEMBERSHIP(いつでも会員)とTIME ZONE MEMBERSHIP(時間帯会員)があり、前者は朝6時~夜12時のいつでも、後者は朝6時~夕方4時ならいつでもジムを利用できます。例えば、前者だとひとり毎月5,500タカ(約8,300円)、後者だとひとり毎月4,000タカ(約6,000円)です。私はといえば、週末のどちらかの午前中はジムで汗を流すと決めているので、毎回600タカ(約900円)を払うONE DAY PLANを利用しています。大音量の洋楽に応援されながら、眼下に広がる交差点を行き交う人々や車の渋滞を眺めつつランニングマシーンで汗を流し、ふーふー言いながらバーベルやマシンを使ってウェイトトレーニングを繰り返し、日頃のうっぷんを晴らすかの如くサンドバックを叩いたり蹴ったりすれば、あら不思議。リフレッシュ!インストラクターとして付いてくれるスタッフもいるようなので、本格的にトレーニングすることも可能のようです。

 
※(左)ランニングマシーンから見える渋滞風景、(右)サンドバックとフルーツジュースもある売店
ランニングマシーンから見える渋滞風景の写真とサンドバックとフルーツジュースもある売店の写真

 
※(左)トレーニングしましょう。なかなかえげつない。(右)さすがイスラム教の国。女性専用のジムもあり。

ポスターの写真と女性専用ジム

そして次は・・・、
メンズサロンでの様子

メンズサローン!(洗脳されている人間の像ではありません)

実のところ、バングラデシュには男どもが集う路上床屋もたくさんあります。がしかし、ラオス居住時代は、ローカルのベトナム人経営ビューティーサロンで散髪してもらっていた私。短髪のため月に一度ぐらいの頻度で訪れる散髪タイムも、それなりのところで癒されたい。ということで、幾つかのお店でトライ&エラーした結果行きついたのがこちらのお店、mens klub salon & spa(clubではなくklubなのはこだわりか)。こちらはグルシャン1とグルシャン2の間のGulshan Avenueのグルシャン2寄りにあるビルの2階にあります。フリーWifiも飛んでいます。毎回切ってくれるスタッフは違いますが、おっちゃんこりゃあかんで、となったことはありません。お店のパンフレットを見ると、フェイシャルマッサージやボディケアもやってくれるようです。驚くべきことにタトゥーもメニューとしてはありますが、その技術やいかに。ちなみに写真の様子は、初めてmens klubに行ったときに、日本のヘッドマッサージをイメージしてやってもらったら、たっぷりのオイルで頭皮マッサージをされた後に、高温のスチームが出てくる機械をかぽっと被せられて身動きができなくなっている図です。
  
※(左)豊富なカットカタログもあるから安心(不安少々)。(右)スタッフもなかなかさまになっていますよね?
ランニングマシーンから見える渋滞風景の写真とサンドバックと売店の写真
そしてそして次はおまちかね・・・

と行きたいところですが、続きは次回をお待ちください!

とある金曜日、男の子とハラームと

ピーンポーン。

静まり返った我が事務所兼自宅にチャイムの音が鳴り響く。
ん?誰だろう?

今日は金曜日。イスラム教徒が圧倒的多数を占める、ここバングラデシュでは安息日であり休日である。決戦の日ではない。いまは午前11時ごろ。ベンガル語の勉強をしていた私は、開いていたページがわからなくならないように参考書を机の上に裏返しにして、足音をできるだけ立てないようにして足早に玄関へ向かう。そして息を殺してドアスコープからそっと、ドアの向うの様子を伺う。
男性だ。
はて?

先般バングラデシュで起きたイタリア人殺害事件と邦人射殺事件の後に発出された、在バングラデシュ大使館からの邦人安全情報によると、 バングラデシュ政府は更なる警備強化を目的として、外国人滞在者リスト作成のための警察関係者による外国人宅への戸別訪問を行っている。でも深夜・早朝に訪ねて来る非常識な「警察関係者と思われる人物」もいるから気を付けてくださいね、本当に警察官かどうか、制服にはIDと名前が記載されているかどうか確かめてくださいね、と。

うちにはまだ来てない。あれか?

でも見た感じ警官じゃなさそうだな・・(私服警察官もいるらしいけども)。若干緊張しながら、ドアのチェーンロックとバーを外し、鍵を回してドアを開ける。

「アッサラーム・アライクム」
「アライクム・アッサラーム」

若い男の子だ。
私には見覚えがない。手にはパンパンに膨らんだ赤い手提げ袋を重たそうに提げている。届けものをする部屋を間違えたのかな?余談だが、私は一度会話したりした人の顔はけっこう覚えている。

「Are you..?」
と言いかけて、彼が口を開いた。
「My mother…」

思い出した。レハナの息子だ。レハナは、うちの事務所兼自宅に週末(バングラデシュにおいては金曜日と土曜日のこと)を除いて毎朝2時間ほど、掃除と洗濯と料理に来てくれているメイドの女性のこと。そういえば昨日、冷蔵庫の中の肉(鶏肉か牛肉)や魚や野菜がなくなったのでお使いをお願いしたら、明日息子が届けますって言ってたっけ。

「Ok, come in.」

と言って、私は彼を中に招き入れる。

「ナーム・キー?(名前は何?)」
「ラエハル」

とかベンガル語で言葉を交わして、ふたりで冷蔵庫のほうへ向かう。英語で話しかけてみるも、あまりわからないようだ。
バングラデシュの総合家電&二輪車メーカーであるWALTON(ウォルトン)の冷蔵庫を開けると、レハナが作ってくれたダル(豆)スープの残りが入った片手鍋が置いてあり、スペースが足りなさそうだ。私は野菜室を占領していたハイネケンの缶ビールたちを冷蔵庫の外に出して、スペースを空けることにした。ちなみにビールは、バングラデシュにおいては、外国人はDuty Paid Shopといわれるお店で、パスポートを提示して酒税を払ったうえで購入することができる。

冷蔵庫に食材を詰めるのはラエハルに任せ、私はキッチンに入って昨晩できていなかった食器などの洗い物を始めた。しばらくすると、詰め終わったのか、ラエハルが声をかけてきた。そしてズボンの後ろポケットから、折曲がった白い紙を取り出した。昨日レハナが書いていた、ベンガル語での買い物リストだ。レハナが買った値段が新たに書き入れてある。

私は計算機を叩いて合計を出す。約1,800タカ(約2,700円)。昨日2,500タカ渡したから700タカお釣りがあるはず。と、ラエハルが二つ折りされたお札を何枚か取り出した。確認すると700タカ。

私がOKというと、ラエハルは紙にサインをくれとジェスチャー。

「Do you need this?」

と聞くと、要らない様子。なんのためのサイン?

「Seventy taka」

ああ、うちまで来る往復のリキシャ代ね。私は財布からきれいめの50タカ紙幣と20タカ紙幣を差し出し、サンキューと言って、入り口のほうに促す。

「ボヨショ・コト?(歳はいくつ)」
返事なし。うーん、俺の発音が変なんだろうな。

「How old are you?」と言い直す。
「Twenty one」
「I see.」
・・・・
・・・・
「Beer?」
ん?「Yes.」
「How much?」

うーん、「I don’t remember.」(後で調べたら167タカ/本/350ml≒260円)
まだ何か言いたそうだ。

「Give me one?」
そうきたか・・。
「No」笑いながらお断りした。

そうだよな、ビール初めて見たんかな?バングラデシュでは普通は売ってないもんね。21歳だもんね、興味あるよね。がしかし、ごめんよ。息子にイスラム教ではハラーム(禁忌)とされているアルコール飲料をあげたとなると、お母さん(レハナ)に怒られるからさ。うーん、でも届けてくれたお駄賃にあげてもいいかな?いやいや、やっぱり・・と、ラエハルがドアを開けて出て行ったあとも、しばらく考えていた。

あげるべきか、あげざるべきか。
それが問題だ。

 私はバングラデシュ人が好きである。

※久々の外出で味わった、私がこよなく愛するバングラデシュのチャー(紅茶)
バングラデシュのチャー(紅茶)

先日の昼食は、バングラデシュ歳入庁(National Board of Revenue、NBR)の近くのローカル食堂で、辛めの牛肉ケバブとナンを食した。その時にテーブルについてくれた男の子の笑顔がまた輝いていて。男性の民族衣装であるパンジャビを着た日本人が珍しいのか、昼過ぎの混雑した店内にあって、私とシニア・マネジャーのナビさんのことをよく気にかけて動いてくれていた。

「ボヨシュ コト?(何歳ですか)」

と彼に尋ねると、肩に汚れたタオルをかけた別の男性スタッフが、こいつは15歳くらいだと答えた。バングラデシュでは自分の年齢もちゃんと知らない人も多いようだ。15歳。児童労働の定義では、15歳は微妙な年齢だ。15歳未満(原則)が義務教育を受けずに働くことは、国際条約や法律で禁止されている。

今月10月3日(土)、バングラデシュ北西部ロングプール県で、日本人射殺事件が起きた。親日国で有名なバングラデシュの、それも安全とされてきた地域で日本人が標的にされたというメディア報道の影響は大きく、一般旅行者はもちろんのこと、多くの日本企業がバングラデシュ訪問を見合わせ、JICA(国際協力機構)の専門家や調査団、青年海外協力隊、そして私たちを含むNGO職員ほか、現地の日本人の行動が制限されている状態である。

翻って、冒頭の15歳と思われる男の子の笑顔。普段はチップもあまりあげ慣れていない私も、彼のはちきれんばかりの笑顔の前には、黙ってお釣りを渡してあげたくなった。日本人射殺事件の捜査の進展を見守る必要があるなか、現地に住む日本人として、あとどれくらい外出を控えなくてはいけない日々が続くのかわからない。でもやはり、私は、人懐っこいバングラデシュ人が好きである。

※国会議事堂の向かいにある、ジア・ウッダンにて、バングラデシュの子供たちと。
バングラデシュの子供たちと駐在員

番外編:ブータン王国への短期出張

クズザンポーラ!
・・・
・・・
ゾンカ語です。
・・・
・・・
ブータンの公用語で、「こんにちは」という意味です。
文末に「ラ」をつけると丁寧な表現になります、はい。
アッサラーム・アライクム。バングラデシュ在住の本村です、こんにちは。

8月30日(日)~9月5日(土)の7日間、ブータンに海外出張してきました。今回のバングデシュ日記では番外編として、印象に残ったブータンのあれこれと、ブータン短期出張での仕事の内容を簡単にお伝えしたいと思います。

ブータンの農村と都市の様子
※どこか懐かしさを感じさせる、棚田もある農村風景      ※首都ティンプーのBhutan Kitchenから望む都市風景

実は、バングラデシュとブータンは近いのです。空路なら、ダッカから、山間部にある世界で一番着陸が難しいと言われるパロ空港まで1時間ちょい。バングラデシュまで遊びに来てくれる奇特な友達たちに、ブータンにいつ行くか?今でしょ!(古い)と提案したいぐらい。位置的には。

ところがどっこい、お予算的には、一般的な観光客は「公定料金」として、一名一泊200USドルから250USドルかかります。公定料金には、宿泊費、三食の食事代、交通費、英語ガイドの費用などが含まれます。悩みどころですが、それだけのコストを払っても、訪れる価値がブータンにはある、というのが私の結論です。

左:国王夫妻の写真、右:ブータン料理  
※至る所で見かける、ワンチュク国王夫妻の看板       ※たっぷりの唐辛子をチーズで煮込んだエマダツィ

日本では、「幸せの国」として知られるブータン王国。
総人口は約75.3万人(2013年:世銀資料)。一方、バングラデシュ首都ダッカの総人口が約1,464万人(Wikipediaより)なので、ブータン全土には、一国の首都ダッカの19分の1ぐらいの人口しかいないわけです。ちなみに、日本との比較でいうと、ブータン人口は島根県と同じ規模で、面積は九州とほぼ同じです。

左:野良犬 右:ティンプーにあるナショナル・メモリアル・チョルテン 
※殺生をしないために、ブータンは野良犬天国       ※ティンプーにあるナショナル・メモリアル・チョルテン

さてさて、今回の短期出張の目的のひとつは、当財団が株式会社ハルカ・インターナショナルと共同で実施してきたJICA「日本の有機きのこ栽培技術導入による小規模農家の生活向上事業準備調査(BOPビジネス連携促進)」の「開発効果 / JICAとの連携」担当団員として、ベースライン調査を行うというものでした。調査方法としては、他記式(調査者が聞き取って記入する)の質問紙調査を選び、首都ティンプーと、空港があるパロの小規模農家10世帯を対象にしました。同調査は、他の日本人調査団員と、ゾンカ語と英語の通訳を務めてくれた、王立きのこセンター(NMC: National Mushroom Center)の女性職員と実施しました。質問紙の内容としては、性別や年齢などの基礎情報に始まり、きのこを含む農産物の種類・収穫量・収入、支出、きのこ栽培に必要な資材の調達先や料金などを聞き取りました。

左:通訳の女性、右:きのこ農家の女性
※通訳を務めてくれた、王立きのこセンターのDechen      ※お話を聞かせてくれた、きのこ農家の女性のひとり

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※質問紙調査で訪れた農家で出して下さったビッグ胡瓜     ※質問紙調査の途中で出会った、小規模農家の子供

基礎情報を問う質問のなかで、ブータンらしく作ったのが、結婚ステータスの回答選択肢でした。というのも、ブータンは一夫多妻制だからです。調査の実施時には、結婚していると答えてくださった後に、「では、奥さんは(旦那さんは)何人ですか?」と聞くと、みながくすりと笑ってくれました。実際には、複数の妻を養える経済力のある一部の人以外、たいてい奥さんはひとりとのことですが・・。

個人的に、ブータンで本当に印象的だったのは、花々の鮮やかさです。どうしてこんなに奇麗に、弾けんばかりに咲けるんだろう・・と思わずにはいられませんでした。最後に、ブータンで撮った花々の写真を皆さんにお送りして、今回のブログの締めとさせていただきたいと思います。

左:鮮やかなひまわり 右:ピンク色のバラ
※ブータンに着いて、最初に目に飛び込んできた向日葵    ※はちきれんばかりに咲いていた、鮮やかな色の薔薇

左:ピンクの朝顔、右:深紅のボリューム感のある花  
※早朝の散歩の途中で見つけた、ブータンの朝顔      ※深い赤にノックアウトされそうな、名称不明の花

最後に・・・カディンチェラ!(ゾンカ語で、ありがとう)

活動内容、学びのまとめ (インターンより)

村の人達と記念撮影

アッサラーム・アライクム!
初めまして、今年の二月からアライアンス・フォーラム財団でインターンをしている生駒啓です。
この日記ではバングラデシュ滞在中に感じたことや受けたカルチャーショックを思うままに記述し、活動内容以外にも珍発見等をお伝えいたします。

今回、一週間という限られた期間の中私に与えられたタスクは、とある案件の立ち上げのためバングラデシュにて食生活や衛生環境に関わる必要な現地の情報を取得し、東京本部に報告することでした。

8月23日午後9時30分、ダッカ空港に無事到着しOn Arrivalのビザを取得後、到着出口を出るとアライアンスの紙を持ったシニアマネジャーのNabiさんが待っていました。前回の日記にも紹介されていましたが、ダッカの交通渋滞は他の開発途上国の都市(ヤンゴン、バンコク、ホーチミン)に比べても非常に悪く、空港から7km離れたダッカ事務所に辿り着くまでに1時間弱。早速気がついたことは、夜であるとは言え、街中で女性があまり出歩いていないということ。人口の9割がイスラム教であるバングラデシュでは一般家庭の既婚女性は家にこもって家事をするべきだという考えが浸透しており、学生や労働者といった特定の女性のみが外出しています。

翌日のお昼ご飯にはメイドさんのお得意料理ダルを頂きました。ダルとは豆(ヒラマメなど)を挽き割って煮込んだ食べ物であり、パキスタン、インド、ネパール、スリランカといった南アジアの地域では主食と見なしている場所もある代表的な料理です。隣にある野菜の正体は未だに不明だそうです。
バングラデシュの料理ダル

そして3時過ぎ、仕事の合間に本村さんが連れて行ってくださったその先は。。。

バングラデシュのお茶屋さんチャドカン
チャドカン。(お茶屋さん)
国民的な飲み物であるチャー(紅茶)やお菓子、果物、煙草を道端に広げて売っていました。チャーには色々なアレンジをすることができ、ジンジャーやレモン、コンデンスミルクを入れて飲む人も沢山います。最も一般的なチャー(一杯およそ5タカ≒8円)を頼み、最初の一口、、、めちゃくちゃ甘い!!
後日気づいたのですが、お願いしない限り基本的にはチャーを頼むとミルクと砂糖たっぷりのものが出てきます。また、数日間現地の人たちと共に過ごして気づいたことはバングラデッシュの人たちは甘いものが大好きな国民だということと、現地スタッフのナビさん曰く、バングラ人は三度の飯よりも会話を交わすことを好み、チャーを片手に道端に立ちながら何時間も会話を楽しむということです。

そのよく見る光景がこちら。
お茶を飲みながら会話をする人たち

バングラ生活三日目は早朝に起床し、今回のメインミッションであるヒアリング調査の実施場所である地方都市に移動を開始。ダッカからは車でおよそ6時間。ただ先述の通り、ダッカは世界一を競うほどの交通渋滞の問題を抱えているため、大幅に走行時間が変動することは日常茶飯事です。

午前10時、途中下車し朝食を摂ることに。この日の献立は屋台で捏ねて焼いて作ったナン、あちらこちら走り回っている鶏の卵を使ったオムレツ、隣でモーモー鳴いている牛から絞ったフレッシュな牛乳を加えたお決まりのチャー。いろんな意味で新鮮でした。
売店の様子

自由に歩き回る鶏

滅多に外国人を見かけることがないダッカでしたが、都市を離れれば離れるほど外国人は村人たちにとって珍しい存在であり、自分が徐々にエーリアン化していく様を実感しました。ベンチに座って地球の歩き方を読んでいると一人の男性が隣に座ってきました。この時は現在地を把握していなかったのでここはどこかと尋ねると優しく教えてくれました。バングラデシュにいて言語の壁はだいぶ高く感じましたが、ジェスチャーや簡単な単語を並べるだけで通じ合えるのは素晴らしいと再び実感した瞬間でした。

地球の歩き方を手に説明してくれる親切な人

街並み

その後、周りの風景をカメラで撮っていると、10メートル先から子供たちが警戒しながら徐々にこちらに近づいてきました。話しかけると興味津々にカメラを指さし、ベンガル語で何か言葉を発しました。写真を撮られたいのか自分たちが撮りたいのかよく分からなかったので彼らを撮ることに。

エク、ドゥイ、ティン(1、2、3) パシャ

緊張した様子のバングラデシュの子どもたち

真顔。
恐る恐る、撮った写真を子供たちに見せると笑っていました。

自転車に乗る人

再び、移動します。

今回、私はバングラデシュ南西部の農村にてとある案件実施のために裨益者を含む家庭の母親を対象に個人・グループインタビューを行い食生活や衛生状況を把握するためにやってきました。
村の様子
野良仕事をする村の人達
移動式売店と古い建物

先ずは、宗教、子供の年齢別にグループを作ってもらい集団インタビューを行いました。今回は渡航前にアライアンスのスタッフより現地食生活や栄養に関わる事前レクチャーを受けていたのですが、いざインタビューを始め、後悔したことは事前に学んだ授乳指導や栄養に関する基礎知識が頭に入っていなかったということです。言うまでもありませんが、ただリストアップした質問を一つ一つ聞くだけでは十分な情報を取得することは出来ず、如何に一つの質問に対する答えから話を広げて情報を引き出すかが重要であると気づかされました。現地の栄養士と通訳者のサポートによって幸運にも必要な情報は得ることが出来ましたが、再び言語と文化の壁から生じるミスコミュニケーションや誤解を痛感しました。また、MITの経済部教授Abhijit BanerjeeとEsther Dufloによって書かれたPoor Economics(和タイトル:貧乏人の経済学 – もういちど貧困問題を根っこから考える)を読んで以来、途上国でよく見られる栄養不足による貧困の負の連鎖は実は存在しないかもしれないという筆者の主張に疑問を抱いてきました。今回調査した村は比較的に恵まれた地域であり、ほんの一部の調査結果からしか判断はできませんが、収入の高い家庭ほど栄養に関する知識が豊富であり、そのため健康に育つことが出来る子供はまともな教育を受け、安定した職業に就き、家庭を養うといった好循環は存在すると強く感じました。さらには、教育機関や医療サービスといった基礎インフラへのアクセスは必要不可欠であるが、正しい知識やサービスを提供できなければ単なる「箱作り」は無意味だということを改めて認識しました。
調査に協力してくれた村の人たち
村の人達と記念撮影
村の人達とお母さんに抱かれる子ども

これまで私は、アフリカのガーナで草の根レベルの支援活動に携わったことや日本国内のNGOと関わる機会がありましたが、BRAC、グラミン銀行をはじめ、NGOやマイクロファイナンス機関が開発の担い手として活躍しているNGO大国のバングラデシュで活動現場を肌で感じることができたのは大変貴重な経験でした。今回調査を支援してくれたNGOは住民によって設立され、経済ではなく社会開発に重点を置き、教育分野に力を入れてきました。アウトサイダーによる従来の慈善型開発は現地ニーズの理解不足、プロジェクトの持続性の乏しさ、住民の自立の妨げといった問題点が挙げられましたが、そのような問題点を克服するために住民自身の参加とエンパワーメントを重視してコミュニティー開発を行ってきたこのNGOの受益者の領域が広く、その恩恵は公平に分配されているということを実感しました。
第二次世界大戦後から1970年辺りまでの国際協力のメインプレイヤーは主に国際機関、各国政府でしたが、先進国から途上国への支援という形のトップダウンアプローチからNGOや民間の役割が急激に増したことによって参加型開発が重視されるようになり、ボトムアップのアプローチがとられるようになりました。開発のフィールドにおいてOne-size-fits-allの政策や解決策はなく、トップダウン、ボトムアップアプローチそれぞれにPros and Consが存在するため、どちらの援助方法が効果的かという質問ではなく住民のニーズや状態を把握し、如何に多様な開発アクターを巻き込み二つのアプローチをバランスしてプロジェクトを実施するかということを常に考えるべきであるということに気づきました。

今回の一週間のインターンシップの機会を得て、今まで触れることのなかった慢性栄養不良に関する知識が増え、問題意識が高くなり、何よりも現地NGOによる社会開発の最前線での活動を肌で感じることができたのは大変貴重な経験でした。安定した経済成長を維持しているバングラデシュの今後は非常に興味深く、是非また何年後かに戻ってきたいと思います。

最後に、一週間の間大変お世話になったドライバーのアラウディンさん、シニアマネジャーのナビさん、カントリーマネジャーの本村さん、本当にありがとうございました。
現地スタッフと記念撮影

交渉中の現地駐在員
※深夜にCNGのドライバーに値段交渉をしてくれている本村さん